あなたは、

『生命(いのち)のメッセージ展』

をご存知ですか・・・??

 

 

 

昨日、我が社が加入している保険会社主催の

事故防止セミナーに行ってきました。

 

演題は、『命が守られる社会をめざして』

講師は、NPO法人 生命(いのち)のニュージアム

代表理事の鈴木共子氏

 

 

 

(鈴木共子氏についてのプロフィール)

神奈川県生まれ 造形作家。

NPO法人 生命(いのち)のニュージアム代表理事。

ひとり息子の零(れい)さんを悪質な交通事故で奪われ、

一般市民による初の法改正となった『危険運転致死傷罪』の新設に尽力。

2007年公開の映画『0からの風』は鈴木共子さんをモデルに作成され、

故・田中好子さんが主演し、

犯罪や事故で奪われた命の重大さを見る人に強く印象づけるものであり、

また飲酒運転の怖さ、結果の大きさを訴えて大きな反響を巻き起こした。

また、息子の果たせなかった大学生活を『代わりに生きよう』と勉強を続け、

零さんと同じ早稲田大学への入学を果たし、2007年春卒業。

作家活動の側ら、理不尽に命を奪われた犠牲者たちの等身大パネルと

遺品の靴・ご遺族のメッセージを展示した『生命(いのち)のメッセージ展』にて、

『かけがえのない命の尊さ・重み』を伝え続けている。

 

 

 

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鈴木共子さんが始めた『生命(いのち)のメッセージ展』は、

開催して10年目の2011年に、

霞ヶ関で100回目の開催を迎えたそうです。

 

2000年4月9日、

共子さんの息子零さんと友人の2人で、

段差のある歩道を歩いていました。

 

どちらも19歳で、そして、どちらも母子家庭で、

零さんは早稲田大学、友人は青山学院大学に入学したばかりでした。

 

零さんは、1年間の浪人生活の後、憧れの早稲田大学に入学し、

4月1日に入学式を終えて、翌日から授業がスタートするという日でした。

 

その日の夜、飲酒・無免許・無車検・無保険の車が

零さんと友人に突っ込み、2人とも即死しました。

 

加害者は友人の披露宴に出席し、

二次会・三次会のキャバクラまで出席し、

ベロベロに酔った状態で零さんと友人に突っ込んでいったらしいです。

 

事故現場は橋の上で、零さんは、

19メートル下のコンクリートの土手に叩きつけられました。

 

遺体は無惨だったそうです・・・

 

零さんは生きていれば今年で33歳になっているそうです。

 

『零(れい)』という名前の由来もお話していただきました。

 

数字の0は無限大という意味もあるそうです。

 

そして、何があっても0に戻ってやり直して欲しい・・・

 

『零(れい)』という名前には、

そのような意味が込められていました。

 

 

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零さんが中学2年生の時、共子さんの夫が肺がんになりました。

 

余命半年と宣告され、家族は自宅療養を選択したらしいです。

 

そして、零さんが中学3年生の時に亡くなりました。

 

共子さんの夫が亡くなる時、零さんは、

「お父さん大丈夫だから! お父さんとの約束を守るから!」

と言ったらしいです。

 

そして、共子さんの夫に一筋の涙が流れ、息を引き取ったそうです。

 

共子さんは、

「主人は、零のその言葉を待っていたと思います。」

とおっしゃっておられました。

 

 

その後、零さんは、共子さんを呼ぶ時、

「お母さん」から「共子さん」に呼び方を変えたそうです。

 

おそらく、「お母さんは俺が守るから安心して!」と、

父親と約束をしたのでしょう。

 

そんな零さんの命を、悪質な運転手が簡単に奪って行きました・・・

 

 

事故当時、実は共子さんも普段から飲酒運転をしていたと

正直におっしゃっていました。

 

2000年当時は正直多くの人が飲酒運転をしていたと思います。

 

なので、当時飲酒運転をしていた共子さんを責めることは

誰も出来ないと思います。

 

しかし、事故が起こって零さんが亡くなった瞬間は、

共子さんは加害者ではなく自分を責めたそうです。

 

「バチが当たった・・・」

 

 

その後、少し冷静になり、加害者の刑罰について知らされ、

そして、大いにショックを受けることになります。

 

当時、自動車の死亡事故といえば『業務上過失致死罪』が適用され、

懲役5年が上限でした。

 

そして、零さんの事故のケースは、今までの判例からいって、

だいたい懲役3年くらいだろうと言われたそうです。

 

オカシイ!!

 

 

そして、共子さんは法改正に向けて署名活動を始めます。

 

署名活動を始めて1年半・・・

 

375,000名の署名を集め、その結果、

2001年12月25日に危険運転致死傷罪が成立しました。

 

この危険運転致死傷罪は、

一般市民が初めて変えた法律と言われています。

 

 

しかし最近では、この危険運転致死傷罪にも

大きな問題点が浮かび上がっております。

 

それは何かと言いますと、

『適用条件の難しさ』

です。

 

例を挙げると、

・ 過労運転

・ てんかん、睡眠時無呼吸症候群などを有する状態での運転

・ 無免許運転

・ 無保険運転

・ わき見運転

・ 居眠り運転

etc…は危険運転致死傷罪に含まれません。

 

ホント・・・!!??

と思うでしょうが、本当なのです。

 

なので、2011年4月に栃木県鹿沼市で起こった

児童6人が死亡したクレーン車事故や、

2012年4月に京都府亀岡市で起こった

登校中の児童と引率の保護者の列に軽自動車が突っ込み、

計10人がはねられて3人が死亡、7人が重軽傷を負った事故でも、

危険運転致死傷罪の適用は見送られました。

 

とにかく、適用条件が厳しすぎて使い物にならない法律なのです。

 

ただ、何も策を講じていないわけではなく、

2007年に自動車運転過失致死傷罪が新設されたり、

自動車運転過失致死傷罪と危険運転致死傷罪の

中間罪を創設する動きも出てたりと、

全くほったらかしになっているわけではありません。

 

これらに関しては、物流業界の人間としても、

今後の動向を注視していきたいと思っております。

 

上記のように、零さんの事故当時は、自動車の死亡事故は、

懲役5年が上限である『業務上過失致死罪』が適用されたため、

零さんの加害者も既に出所しています。

 

ちなみに、零さんの加害者は現在行方不明らしいです。

 

 

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そのような中、共子さんにとって忘れられない出来事が起こりました。

 

2001年9月11日に起こった『アメリカ同時多発テロ事件(9.11)』です。

 

 

 

死者は3,000名以上にのぼり、

マスコミは連日この事件について報道しました。

 

零さんの事故が起こったのは2000年4月9日なので、

2001年9月11日といえば、零さんの事故から約1年半後のことです。

 

この『アメリカ同時多発テロ事件(9.11)』について

マスコミが連日報道している時、

共子さんは非常ツライ思いをしていたとおっしゃっておられました。

 

どのような思いかと言いますと、、、

 

「命の差別が行われている!!」

という思いだったらしいです。

 

現在は年間4,000人代の交通事故死者数も、

2001年当時は約10,000人いました。

 

『アメリカ同時多発テロ事件(9.11)』の死者数が約3,000名ですから、

交通事故死者数はその3倍以上にものぼります。

 

しかし、交通事故で亡くなった人に関しては、

よほどセンセーショナルな事故でない限りマスコミはほとんど報道しない。

 

しかし、『アメリカ同時多発テロ事件(9.11)』で亡くなった人に関しては、

マスコミは連日報道している。

 

共子さんはその事に関して矛盾を感じたと言います。

 

 

「命の差別は許されない・・・」

 

『アメリカ同時多発テロ事件(9.11)』がキッカケで、

『生命(いのち)のメッセージ展』

の開催がスタートすることになりました・・・

 

『生命(いのち)のメッセージ展』では、亡くなった人を、

『メッセンジャー』と呼んでいます。

 

『メッセンジャー』は通常、等身大のオブジェとなっています。

 

 

 

等身大オブジェの色は白なのですが、なぜ「白色」かというと、

・ 遺族の心のむなしさ

・ 亡くなった人のことを想像して欲しい

という意味が「白色」に込められているらしいです。

 

『生命(いのち)のメッセージ展』開催当初は、

メッセンジャーは10数名だったのですが、

今では160名になったらしいです。

 

共子さんは、『生命(いのち)のメッセージ展』を

『種まき活動』

とおっしゃっており、「いつか安全な社会という実がなることを信じて」

種をまき続けておられます。

 

そして、実を収穫するのは未来の子どもたちだと

おっしゃっておられました。

 

ここ京都でも結構開催しているらしく、

先日は京都産業大学で開催したみたいですね。

 

全国を駆け巡っているらしく、

来週は網走刑務所に行くとおっしゃっておられました。

 

 

亡くした息子・娘を『生命(いのち)のメッセージ展』に就職させる。

 

そしてメッセンジャーとなり、

全国に出張に行って多くの人にメッセージを伝える。

 

彼らは天国に旅立ってからも、確実に生きている・・・

 

死者は無力じゃない。 力がある・・・

 

共子さんは、そのような趣旨のことをおっしゃっておられました。

 

その証拠に、『生命(いのち)のメッセージ展』の開催日は、

いままで雨の日がないらしいです。

 

必ず晴れるらしいです。

 

不思議ですね・・・

 

 

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零さんの事故から7、8年経った頃から、

共子さんは段々と「日にち薬」を感じ始めたらしいです。

 

しかし、遺族にとって『回復』はあり得ないとおっしゃっていました。

 

『回復』ではなく『再生』だと・・・

 

「死んでしまった我が子をも幸せにしたい!」

ともおっしゃっていました。

 

 

共子さんが救われた言葉があると言います。

 

「あなたが空しく生きた今日は、

昨日死んでいった者が、

あれほど生きたいと願った明日。」

 

零さんの予備校時代のノートに書いていた言葉だそうで、

共子さんがたまたま見つけたらしいです。

 

零さんはこの言葉をどこで知ったのか分かりませんが、

予備校時代のノートに書いていたのですね。

 

共子さんは零さんが好きだったこの言葉に救われ、

現在も精力的に活動されているのだと思います。

 

余談ですが、私もこの言葉が好きで、

『福田健児の好きな言葉集』

でもご紹介しております。

 

興味があれば、

『福田健児の好きな言葉集』の紹介ページ

をご覧ください。

 

 

最後に、、、

 

今回のセミナーにも5人のメッセンジャーが来てくれました。

 

その内の1人は零さんで、その内の3人は、

2012年4月に京都府亀岡市で起こった事故の被害者です。

 

4人のメッセンジャーの写真を載せておきます。

 

ぜひ、ご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

動画はこちら

↓↓↓↓↓

 

 

 

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