5月1日から2日にかけて、一泊二日で土佐の幕末志士巡りしてきました。

司馬遼太郎の『竜馬がゆく』や武田鉄矢の『お〜い!竜馬』を読んで約20年。

尊敬する人物はと聞かれれば、「坂本龍馬」と答えるくらい坂本龍馬が好きなのですが、そのくせ今まで一度も高知県に行ったことがなかったので、ちょっとだけコンプレックスでした(笑)

いつかは土佐に行って坂本龍馬はじめ、土佐出身の色んな幕末に活躍した志士のルーツを巡りたいと思っていましたが、今回ようやく念願の土佐に来れました。

京都から高知県まで350㎞あり車で4、5時間程かかりますが、一度関東や九州まで車で行ったことがあれば、これくらいの距離ならその気になれば楽勝ですね。

もっと早くに高知に行くべきでした。

長州と薩摩は幕末志士巡りをしたことあるので、これで薩長土を制覇。

今は無理ですが、またゆっくり司馬遼太郎の本を読みたいなぁ〜と思いますね。

さて、今回も写真を撮りまくったので掲載していきます。


【1日目】

まずは、高知といえば「鰹のタタキ」なので、高速降りてすぐの道の駅で「鰹のタタキ定食」を注文。

高知の鰹のタタキは、京都のスーパーマーケットで売ってる鰹のタタキの2〜3倍の厚さ!

そして、坂本龍馬の生まれた街などを巡りたいのをこらえつつ、それらは明日に残しておいて、まずは高知市内から50㎞程離れた田野町の福田寺(ふくでんじ)へ。

福田寺は清岡道之助はじめ野根山二十三士墓所があるお寺です。

福田寺の野根山二十三士墓所
福田寺、野根山二十三士墓所
福田寺の野根山二十三士墓所
福田寺、野根山二十三士墓所
福田寺の野根山二十三士墓所
福田寺、野根山二十三士墓所
福田寺の野根山二十三士墓所
福田寺、野根山二十三士墓所
福田寺の野根山二十三士墓所
福田寺、野根山二十三士墓所
福田寺の野根山二十三士墓所
福田寺、野根山二十三士墓所
野根山二十三士の名簿
野根山二十三士 名簿
福田寺にある清岡道之助夫人の詠んだ詩
清岡道之助夫人の詠んだ詩

次に、すぐ近くにある二十三士が斬首された場所へ。

奈半利川(なはりがわ)の河原で斬首されたのですが、今は二十三士公園という名前の公園になっています。

二十三士公園
二十三士公園
二十三士殉節之地
二十三士殉節之地
根山吟社旬碑
根山吟社旬碑

次に、坂本龍馬の盟友であり近江屋で共に殺された中岡慎太郎の生家に行ってきました。

中岡慎太郎の生家には同じ場所に、中岡慎太郎館や中岡慎太郎遺髪墓地もあります。

それら全て行ってきました。

まずは、中岡慎太郎の生家へ。

中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家
中岡慎太郎生家

次に、中岡慎太郎館。

中岡慎太郎館
中岡慎太郎館
中岡慎太郎館
中岡慎太郎館

中岡慎太郎って身長153㎝だったんですね。

知らかなったので、「ちいせ!」って思ってしまいました(笑)

でも、当時の日本人成人男性の平均身長は156㎝と言われているので、中岡慎太郎の身長は少し低いくらいなんですね。

中岡慎太郎館のスタッフの方に聞いたのですが、高杉晋作が当時の日本人成人男性の平均身長の156㎝だったらしいです。

坂本龍馬は170㎝より少し高いくらいと言われています。

あと、西郷隆盛は180㎝、108㎏でこれは分かっているらしい。

大久保利通も180㎝あったらしく、当時座ってた椅子から、大久保利通は足が長かったと言われています。

坂本龍馬が背が高い印象があり、坂本龍馬が描かれる時は背の高い志士として描かれますが、実は西郷隆盛と大久保利通より背が低いんですね。

次に、中岡慎太郎遺髪墓地。

松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地
松林寺の中岡慎太郎遺髪墓地

■中岡慎太郎之像

中岡慎太郎之像
中岡慎太郎之像

■贈正四位中岡慎太郎先生碑

贈正四位中岡慎太郎先生碑
贈正四位中岡慎太郎先生碑

さて、初日はここまでで、次からは2日目になります。

初日の夜は、昼に続き鰹のタタキを食べようと思い、ホテルから歩いて行けるお店を調べ『土佐鮨処 おらんく家 本店』へ。

土佐鮨処おらんく家本店
土佐鮨処 おらんく家 本店
土佐鮨処おらんく家本店の土佐流藁焼き鰹のタタキ
土佐流藁焼き 鰹のタタキ
土佐鮨処おらんく家本店の大トロと鯵
(左)鯵1貫 (右)大トロ2貫
土佐鮨処おらんく家本店のはまち
はまち2貫
土佐鮨処おらんく家本店のウニ
ウニ1貫
土佐鮨処おらんく家本店のぼたん海老
ぼたん海老1貫
土佐鮨処おらんく家本店のぼたん海老の頭
ぼたん海老の頭
土佐鮨処おらんく家本店のうつぼたたき
うつぼたたき

どれもこれもとても美味しかったです。


【2日目】

2日目の朝は坂本龍馬の生家からスタート。

坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地
坂本龍馬誕生地

昔はどのような街並みだったか知りませんが、坂本龍馬の生家はメチャメチャ大通り沿いにあるんですね。

次に、坂本龍馬が子どもの頃よく遊んだ鏡川に行ってきました。

生家から歩いてすぐです。

鏡川
鏡川

ただ眺めるだけじゃなく、「坂本龍馬もこの川に入った!」と思ったら川の水を触らずにはいられなくなり、わざわざ川の水を触りに行きました(笑)

この気持ち分かる方いますかね?(笑)

ちなみに、昼から桂浜にも行ったのですが、桂浜でも、「坂本龍馬もこの海に入った!」と思ったら海の水を触らずにはいられなくなり、わざわざ海の水を触りに行きました(笑)

ここまでいくと、少し気持ち悪い男ですね(^^;)笑

鏡川の前の道沿いに、龍馬が14歳から19歳まで修行した日根野道場跡があるのですが、そこも見に行きました。

日根野道場跡
日根野道場跡

正確には日根野道場がどこにあったかは分かってないらしいですね。

そんな大事な場所を把握してないなんて、行政の凡ミスなんかな…

おそらく「ここ!」って場所が上記の写真の場所らしいので、そこをパシャリとさせていただきました。

次に才谷屋跡。

才谷屋跡
才谷屋跡
才谷屋跡
才谷屋跡
才谷屋跡
才谷屋跡
才谷屋跡
才谷屋跡

運転者氏名が坂本龍馬?(笑)で、車掌氏名が坂本乙女?(笑)

才谷屋跡
才谷屋跡

才谷屋跡って今は喫茶店?料理屋さん??塾???

次に山内容堂公邸跡。

山内容堂公邸跡
山内容堂公邸跡
鷹匠公園になっている山内容堂公邸跡
山内容堂公邸跡(現在は鷹匠公園)

山内容堂公邸跡の前に、山内容堂と西郷隆盛の会見の地があったので、見学に行きました。

山内容堂と西郷隆盛の会見の地
山内容堂と西郷隆盛の会見の地
高知市旧山内家下屋敷長屋展示館
高知市旧山内家下屋敷長屋展示館

次に、後藤象二郎誕生地。

後藤象二郎先生誕生之地
後藤象二郎先生誕生之地

次に、板垣退助誕生地。

板垣退助先生誕生之地
板垣退助先生誕生之地

次に、武市半平太邸跡。

武市半平太邸跡碑
武市半平太邸跡碑
武市半平太邸跡
武市半平太邸跡
武市半平太邸跡
武市半平太邸跡

実際の武市半平太の道場と半平太と妻の冨と祖母の居宅は、右側に見えている3階建てビルと4階建てビルがある場所にあったらしいです。

武市半平太邸跡の夫婦石
武市半平太邸跡の夫婦石
武市半平太邸跡の小庭園
武市半平太邸跡の小庭園
武市半平太の道場と半平太と妻の冨と祖母の居宅跡
武市半平太の道場と半平太と妻の冨と祖母の居宅跡

実際の武市半平太の道場と半平太と妻の冨と祖母の居宅は、この3階建てビルと4階建てビルがある場所にあったらしいです。

次に、武市瑞山(武市半平太)が切腹した地。

武市瑞山先生殉節之地
武市瑞山先生殉節之地

武市半平太といえば「三文字切腹」ですが、武市半平太が三文字切腹した場所は、今は四国銀行 帯屋町支店になっています。

次に、吉田東洋が土佐勤王党に暗殺された地。

吉田東洋先生殉難之地
吉田東洋先生殉難之地

次に、福岡孝弟の誕生地。

福岡孝弟先生誕生之地
福岡孝弟先生誕生之地

福岡孝弟といえば『五箇条の御誓文』ですね。

さぁ、ここまで回ったところで、お昼時。

なぜかラーメンが食べたくなり、食べログで「高知市 ラーメン」で検索して一番上に出てきたのが『まんしゅう』ってラーメン屋だったのでそこへ行きました。

ジャン麺で有名なまんしゅう
まんしゅう

四万十町の焼肉有名店「満州軒」の名物メニュー「ジャン麺」ってのが有名らしいですね。

とりあえずジャン麺を注文。

まんしゅうのジャン麺
まんしゅうのジャン麺

ジャン麺を初めて食べましたが、まぁ人気の出るのは分かります。

私の口には合いませんでしたが…笑

やっぱりラーメンはスープが飲める方がいいですね。

さて、午後の土佐巡りスタートです。

昼からはやっぱり外せないってことで高知城へ。

ここに山内容堂や吉田東洋や後藤象二郎や板垣退助がいたと思うと、他の城と違って高知城はやっぱりウキウキします。

高知城の山内一豊公之像
山内一豊公之像
高知城
高知城
高知城の板垣退助先生像
板垣退助先生像
高知城の板垣退助先生像
板垣退助先生像

板垣退助の腕に鳩さん3羽w

高知城の山内一豊之妻
山内一豊之妻
高知城
高知城の黒鉄門
黒鉄門
高知城の家紋と駕籠
(左)駕籠 (右)家紋
高知城の容堂詩書「夕暮曲」
高知城の帳台構え
帳台構え
高知城の石落とし
石落とし
高知城の銃眼
銃眼
高知城の模型

次に、今回の旅の一番の目的である『桂浜』。

坂本龍馬といえば桂浜のイメージがあったので、前からいつか行ってみたいと思っていました。

まずは、目的の一つである坂本龍馬像を見ること。

桂浜の坂本龍馬先生像
坂本龍馬先生像
桂浜の坂本龍馬先生像
坂本龍馬先生像

次に、桂浜を歩くこと。

桂浜
桂浜
桂浜
桂浜

鏡川のときにもお話しましたが、桂浜でも、「坂本龍馬もこの海に入った!」と思ったら海の水を触らずにはいられなくなり、履いてるスニーカーを濡らしながらもわざわざ海の水を触りに行きました(笑)

いい思い出ができました(笑)

そして、桂浜から歩いて坂本龍馬記念館へ。

坂本龍馬記念館
坂本龍馬記念館
坂本龍馬記念館
坂本龍馬記念館

中岡慎太郎館の中は撮影不可でしたが、坂本龍馬記念館は撮影OKだったので、何枚か写真撮りました。

それにしても、今の時代で撮影不可にしている理由って何なんだろう…..

SNSの時代なので、来館者を増やしたかったら撮影OKにしておくだけで、来館者が全員無料で宣伝してくれるのにね。

そもそも外に漏れてはいけない情報であれば、一般公開自体も出来ないわけで、撮影不可の理由は私には分かりません^^;

では、坂本龍馬記念館の中へGo!

いきなり、船中八策です。

船中八策
船中八策
船中八策
船中八策

色んな所でよく見る坂本龍馬の写真です。

最も有名な龍馬の写真
最も有名な龍馬の写真
最も有名な龍馬の写真
最も有名な龍馬の写真

次に、最も人気の高い龍馬の和歌です。

「世の人は われをなにとも ゆはゞいへ わがなすことは われのみぞしる」

この言葉の意味は、

「世の人は、私のことを色々と言うけれど、私のなす事は私しか知らない。」

 という意味です。

私もこの和歌は大好きです。

最も人気の高い龍馬の和歌「世の人は われをなにとも ゆはゞいへ わがなすことは われのみぞしる」
最も人気の高い龍馬の和歌
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最も人気の高い龍馬の和歌
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■薩長同盟の表書

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■薩長同盟の裏書

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■ジョン万次郎

ジョン万次郎
ジョン万次郎
ジョン万次郎の『漂巽紀畧』写本
『漂巽紀畧』写本
ジョン万次郎の『漂巽紀畧』写本
『漂巽紀畧』写本

■藩主から足軽までの格式の略図

藩主から足軽までの格式の略図
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■近江屋の再現

近江屋の復元
近江屋の復元
近江屋のジオラマ
近江屋のジオラマ

以上、土佐の幕末志士巡りでした。